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東京高等裁判所 平成元年(ネ)2287号 判決

控訴人 榎本信宏

〈ほか二名〉

右控訴人ら訴訟代理人弁護士 宍倉敏雄

被控訴人 宮野カツ枝

右訴訟代理人弁護士 青木秀茂

同 河合弘之

同 長尾節之,

同 千原曜

同 荒竹純一

同 野中信敬

同 野末寿一

同 久保田理子

主文

一  原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。

二  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人ら

主文同旨

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示「第二 当事者の主張」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決三枚目表九行目の次に改行して次のとおり加える。

「被控訴人は、当時動産を目的としたどのような火災保険があるかは知らなかったが、仮に当時控訴人農協において動産を主たる目的とした火災保険は扱っていなかったとしても、世上およそそのような火災保険がありえないというわけではなく、現にそのような火災保険は出回っており、現に控訴人農協においても未分化の型であるとはいえ動産を目的とする共済契約が存在したのであるから、控訴人榎本、同三樹の欺罔行為と本件損害との間には、相当因果関係があるというべきである。」

2  同三枚目裏一一行目の「その余の」の次に「損害に関する」を、同行の「不知」の次に「、相当因果関係のある旨の主張は争う」をそれぞれ加える。

3  同四枚目表三行目の「この種の」の次に「動産を主たる目的とする」を加え、四行目の「いなかった」を「いなかったし、建物を主たる目的とした共済契約に付従した動産損害担保特約は存在したが、被控訴人は、この点に関する控訴人榎本らの勧誘を断わった。」に改め、五行目末尾の次に「なお、被控訴人は、火災後、本件契約が建物を主たる目的とした共済契約であることを前提にして火災保険金の支払いを請求していたが、被控訴人が本件契約締結後、第三者に本件建物を譲渡していたことが判明したため、建物更生共済約款(以下「共済約款」という。)の規定により、本件契約が消滅し、火災共済金を請求することができなくなったこと、また、控訴人農協がその後昭和六一年四月一日から動産を主たる目的とした共済契約を販売し始めたことから、本訴請求に及んだものと考えられる。なお、仮に建物を主たる目的とした共済契約に動産損害担保特約を付していたとしても、右共済約款上、主たる契約である建物共済契約が消滅したときは、同時に右特約も消滅することとなるから、被控訴人は、動産にかかる損害について保険金を請求することはできないものである。」を加える。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因1の事実、控訴人榎本、同三樹の両名が昭和六〇年三月に被控訴人に対し共済契約締結を勧誘したこと、被控訴人が控訴人農協と本件契約を締結したこと、昭和六一年六月一日本件建物に火災が発生したことは、当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

1  控訴人榎本、同三樹は、昭和六〇年三月二一日、控訴人農協の共済契約推進業務の一環として、被控訴人方を訪れ、本件建物の建物共済契約の掛け替えを勧めた。

2  被控訴人は、当初、右勧誘を断わったが、従来の共済契約を解約すれば、返戻金から掛金が払えることやその残りを使うことができるとの説明を受けたことなどから、右控訴人らの勧誘に応ずることとし、同月二二日次の①、②の契約を解約して、本件契約を締結し、一年分の掛金を支払った。

当時、被控訴人方では、控訴人農協との間で、次の三口の建物共済契約を結んでいた。

①  昭和四九年九月五日に契約書を被控訴人の亡夫義久とし、本件建物を目的とする期間三〇年、火災共済金額を四六〇万円とするもの。

②  右同日に契約者を右と同じとし、納屋を目的とする期間三〇年、火災共済金額を一〇〇万円とするもの。

③  昭和五四年八月一一日に契約者を右と同じとし、本件建物を目的とする期間三〇年、火災共済金額を一〇〇〇万円とするもの。

3  その結果、本件建物を目的とする共済契約の火災共済金額の合計は、三〇〇〇万円となった(なお、控訴人農協の建物共済契約には、建物の再取得価額を評価基準として火災共済金額の限度を定めるものと建物の時価を評価基準としてそれを定めるものがあるところ、本件建物の再取得価額が三七〇〇万円と評価されていることや右の火災共済金額の合計がほぼこれに見合うことなどからみて、本件契約は前者によるものである。)。

なお、当時、控訴人農協は、家財道具等の動産を主たる目的とした共済を取り扱っておらず、共済約款にもその旨の規定はなく(昭和六一年四月に新たに右の共済を設けその旨を定めた約款が作成された。)、ただ、建物を目的とする共済契約に付従するものとして動産損害担保特約が締結できる旨の規定は存在したが、前記①ないし③の契約及び本件契約には右特約は付いていない。

また、本件契約当時、本件建物内の動産については、控訴人らによって何らの調査もされなかった。

4  昭和六一年六月一日に本件建物に火災が発生したので、被控訴人は、その後、前記③の契約及び本件契約に基づいて、控訴人農協に対し火災共済金(保険金)の支払いを請求した。しかし、被控訴人が昭和六〇年六月二六日に本件建物を株式会社山商に譲渡していたため、共済約款の規定により本件契約は消滅したので、控訴人農協から、昭和六一年七月二九日にその旨の説明と右支払いを拒否する旨の通知がされた、なお、被控訴人は、右譲渡後も本件建物に居住しており、また、右約款の規定に気がつかなかったため、当然に火災共済金を請求しうるものと考えていた。

5  被控訴人は、昭和六二年二月下旬か三月上旬頃、前記火災後に被控訴人が新たに建築した建物(自宅)について、控訴人農協と共済契約を結ぶべく、勧誘にきた控訴人榎本、同三樹と話合いをした。その際、被控訴人は、本件契約による火災共済金が支払われないことを憤慨し、右控訴人らが「本件建物は古くても、被控訴人方には物があるではないか」といって勧誘したので、家財道具を目的として本件契約を締結した旨追及し、そのやりとりを録音した。その中で、右控訴人らは、被控訴人の追及に対し、あいまいな答えをしながらも、これを否定しているが、家財道具や「もの」についての話しをしたことはあった旨(もっとも、「もの」とは建物のことであるともいう。)、一部被控訴人の言い分を認めるかのような答え方もしている(なお、右会話を録音したテープの反訳書として提出された甲第六号証には、録音の再生だけでは知ることのできない「(うなずく)」「だまって下をむいていた)」等あたかも被控訴人の言い分を認めたかのような動作をした旨の記載があるが、これは誤導を生じさせるおそれがあり、反訳として相当ではない。)。

なお、被控訴人及び控訴人榎本、同三樹各本人は、原審において、右の点について、それぞれほぼ右と同趣旨の供述をしている。

三  以上の事実関係のもとにおいて、被控訴人主張の不法行為による損害賠償請求の成否について検討する。

右5のやりとりによれば、被控訴人は本件契約を締結するに当たり、家財道具等の動産を目的とする共済契約に加入するつもりであったのではないかと考えられなくはないが、仮にそうであるとしても、前記本件契約締結の経過、従来被控訴人方において加入していた共済契約の内容、当時の控訴人農協の取り扱っていた共済商品(約款の規定)などからみて、控訴人榎本、同三樹が建物更生共済の勧誘をする過程で動産の話が出たか(本件において建物共済契約の火災共済金が建物の現価でなく再取得価額を評価基準とする以上、建物が古く価値が低い場合でも建物を目的とした共済契約を締結する利益はあるのであり、その場合に支払われる共済金は建物の建替え費用に相当するが、これを損害補填の面からみれば、実質的には建物の現価による損失のほか動産の損失をもまかないうることになるから、建物更生共済の勧誘の過程で動産の話が出たとしても不自然ではない。)、あるいは、せいぜい建物を主たる目的とする共済契約に付従する動産損害担保特約を付することを勧誘する趣旨であったと解され、同控訴人らが、当時共済として取り扱われていなかった(右約款に規定されていなかった)動産を主たる目的とする共済契約の勧誘をしたとは、にわかに考えられず、前掲甲第六号証や被控訴人の供述によってもこれを認めるに足りず、(前記認定のその後の火災共済金請求の状況等からみて、被控訴人が本件契約を締結することにより、もっぱら動産を目的とする共済契約に加入したものと考えていたとは認めがたい。)、他にそのように認定するに足りる証拠はない。

そうすると、仮に被控訴人が右特約付の建物共済契約を締結していたとしても、前記のとおり、被控訴人はその後、本件建物を第三者に譲渡したため、建物共済契約(本件契約)は消滅してしまったところ、《証拠省略》によれば、その場合、共済約款上、同時に右特約も消滅することとなるから、結局、被控訴人は右特約に基づく火災共済金を受け取る余地のなかったことが明らかである。したがって、右控訴人らにその点に関して欺罔行為があったとしても、同控訴人らの行為と被控訴人主張にかかる損害(得べかりし火災共済金を得られないこと)の間には相当因果関係がないというべきである。

なお、付言するに、仮に右控訴人らが当時控訴人農協において取り扱っていなかった動産を主たる目的とする共済契約を勧誘し、被控訴人が同控訴人らの言い分を信じてこの契約に加入するつもりで本件契約を締結したとしても、それは当時の控訴人農協の共済商品上存在しないものを目的とするもの、すなわち、社会通念上不能なことを目的とするものであるから、その効力が発生する余地はないというべきである(農業協同組合がその事業として行う共済(農業協同組合法一〇条一項八号、一〇条の二参照)中損害補填を目的とした共済は、保険の技術を利用して団体員の相互扶助を実現しようとするものであり、法形式的には保険契約と同一内容の共済契約を締結して行われるもので実質的に保険と同一の性質を有するものと解される。ところで、保険契約は、保険者と契約者との個別契約により締結されるものであり、契約法の一般理論からすると当該保険者が取り扱っていない類型の保険商品であっても他の保険者が取り扱っており当該保険者も取り扱うことが可能なものであれば、当該契約者とだけそのような特別の内容を定めて保険契約を締結することもできるのではないかとも考えられる。しかしながら、保険契約は、保険制度の存在を前提とし、これに加入することを目的として締結されるものである。保険制度は、保険事故の発生の蓋然性を測定し、これに基づいて支払の予想される保険金の総額と契約者から支払を受ける保険料の総額が均衡を保つような仕組みで、多数の加入者を集めて保険団体を形成し、いわば協同備蓄をして危険の分散を図る制度である。したがって、保険契約は、多数の加入者のあることを前提として、これによる同一の保険団体が形成されるという集団的システムが必要不可欠であり、定型的な内容で均一化された条件(約款の定めるところによる。)でこれに加入する趣旨で契約を締結するのをその本質とするものであって、右のような団体形成の要素がなく孤立した独自の条件による個別の契約は保険契約の本質に反するものである。したがって、他の保険事業を行う者が同種の類型の保険商品を取り扱っている場合であっても、当該保険者がそのような類型の保険商品を取り扱っていないときに、そのような類型の保険契約を単独の当事者とだけ締結することは、保険にとって不可欠な保険団体の形成の要素を欠き、保険としての本質に反するものであって、保険契約としては許されず、また、保険商品は、保険者と契約者との権利義務の関係で成り立つ無形の商品であって、有形物のように他の業者からその権利を取得して契約者に取得させることができるものではないから、当該保険者にとって右のような契約を締結することは、社会通念上不能なことを目的とするものであって、保険契約として無効であると解するのが相当であり、農業協同組合の共済についても同様である。)。そして、右のように控訴人農協が共済として取り扱っておらず共済契約の締結をすることができなかったにもかかわらず、その職員である控訴人榎本、同三樹が、被控訴人に対し、これを取り扱っており契約の締結が可能であるかのように虚言を弄して欺罔し、契約を締結させた場合に、被控訴人が、右詐欺による不法行為により、控訴人農協に支払った保険料相当額を損害としてその賠償を求めることは別として、控訴人農協がこれを取り扱っており右契約が可能であったことを前提として、それにより得べかりし利益(支払われるべき保険金相当額)を得られなかったことを損害としてその賠償を請求することはできないものというべきである(けだし、詐欺の手段として実際には存在しない虚偽の事実あるいは不可能な事実を告げて相手方を欺罔し、その旨誤信させた場合において、その虚偽又は不可能な事実を前提として(もしそれが真実であり又は可能であったとすれば)そこから生じたであろうとする利益は、真実を前提とした又は可能な契約から生ずべき利益と異なり、結局発生するに由ない(発生原因を欠く)虚無の利益であって、それを得ることができなかったからといって、得べかりし利益を得られなかったということはできないものであり、これをもって損害ということはできないからである。)。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却すべきである。

四  よって、これと異なる原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 越山安久 裁判官 鈴木經夫 浅野正樹)

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